死んだ祖父がやっていたサッポロ一番の作り方

貧乏飯

私の母は大のインスタントラーメン嫌いであった。子供のころ、うんざりするほど食べさせられたからだそうだ。特にサッポロ一番みそらーめんを蛇蝎のごとく嫌っており、あの白とオレンジのパッケージを目にするだけでストレス性の片頭痛を起こすほどであった。このようなトラウマを植え付けるほど、幼いころの母に袋麺を食べさせたのは祖父だった。彼には隙あらばサッポロ一番を買い込む習性があったため、常軌を逸した頻度で食卓にポロイチが並んだという。祖父にとってサッポロ一番は、ハムスターにとってのヒマワリであり、パンダにとっての笹であり、前田日明にとっての牛テールスープであった。

そんな祖父には、絶対に譲らないサッポロ一番の作り方があった。この作り方に固執するあまり、母が家族全員分のラーメンを大鍋で茹でる際も、自分で食べる分だけ別に作っていた。祖母と母は、そんな祖父が日常の中で度々見せるデリカシーのなさに辟易していた。

お風呂場で足を滑らせ、立ち上がれずに祖母に助けを求めたものの、「ざまあみさらせ」と吐き捨てられ1時間放置されてしまった祖父。

塩分50%カットのしょうゆを「味が薄い」といって2倍かけていた祖父。

4年前に意外と普通にがんで亡くなった祖父。

そんな祖父が固執したサッポロ一番みそらーめんの作り方がこれ。

用意するのは袋麺とたまご。これだけ。貧しい暮らしが長かったらしい。

400ccのお湯を沸騰させ、半分に割った麺を投入し、この時点で粉末スープも放り込む。大工だった祖父。せっかちな人だった。

長めに5分茹でて卵を投入。歯が一本しかなかった祖父に、歯ごたえは敵でしかなかったのだろうか。

ここからが大事なのだが、火を止めてから卵が完全にスープに溶け込む勢いで混ぜる。かきたまではない。スープが白濁してドロッとするまで混ぜ込むのだ。おそらくかきたまを目指していたのだろうが、祖父の作る味噌ラーメンは毎回こうなっていた。

私個人はいつも鍋から直接食べるが、今回は祖父にならい律義にどんぶりに盛って完成。

・感想

美味しい。お湯が少なめなのと、卵を完全に混ぜ込んだことが重なって、味が濃く、スープが麺にこれでもかと絡む。味が薄く、麺が防水加工されてるのかと思うほどスープが死ぬほど絡まないサッポロ一番の難点を完全にクリアしている。粉末スープを先に入れたことによって、麺自体に味がしみ込んでおり、それがたまごのまろやかさと合わさっていい感じの塩気になっている。また、長めに茹でることが功を奏したのか、揚げ麺特有の油臭さが抜けている。


私が小学校低学年だったころ、祖母と別居していた祖父が一人で暮らすアパートに、母に連れられ遊びに行って以来、祖父との連絡が途絶え、次に会ったのは私が20歳になったころだった。大学から帰ると、リビングのこたつで、知らない老人がみかんを食べていた。うろたえる私に母が放った「これ誰だかわかる?あんたのお爺ちゃん」の一言で蘇る祖父との思い出。

アパートの死ぬほど狭いユニットバスに祖父と2人で入ったこと。

祖父行きつけのスナックに連れていかれて他の客から結構いい額のお小遣いを貰ったこと。

祖父が持っていた猟銃を欲しがった幼い私に、本気で持って帰らせようして死ぬほど母に怒られていたこと。

次々と飛来する祖父との記憶に処理落ちを起こし固まっている私に祖父が放った「おいっす」の一言。

あの頃の祖父が住んでいたボロアパートに負けないくらいのボロアパートで、祖父と同じように背中を丸めてサッポロ一番をすすっていると、なんだか「おいっす」と聞こえてくるような気がした。

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