趣味を聞かれた際、胸を張って「自炊ですけど」と答えるには、具体的にどれほどの調理スキルを備えていればいいのだろうか?
レシピも見ずに適当に作った筑前煮が、びっくりするぐらい優しい味(お父さんに怒られた後のおばあちゃんくらい優しかった)に仕上がるなど、自身の料理の才を確信するエピソードは枚挙にいとまがない筆者であったが、極めて謙虚な性格が災いし「この程度で自炊が趣味などとはおこがましい」と、料理上手を自称できないでいたのだ。
ふと、昔YouTubeで観た動画を思い出す。
パカッとなるタイプのオムライスだ。
これさえ作れれば、砂糖を塩どころか、片栗粉と間違えてとろみが半端じゃないコーヒーを入れてしまうほどのおっちょこちょいでも、料理上手と言っていいだろう。この日から挑戦の日々が始まった。
一日目
もうむちゃくちゃ。そのままフライパンに染み込んで同化するつもりなのかと、卵を厳しく問い詰めなければならなかったほど、卵がフライパンにくっついた。
調べたところ、卵をフライパンに投入する際、フライパンの温度が低すぎるとくっついてしまうらしい。卵に焼目がついてしまうことを恐れるあまり、お線香くらいの火でやってしまったのがいけなかった。
ちなみに、オムレツの調理工程は非常にシビアであり、熱したフライパンに卵を投入してからは、F1ドライバーくらい手が離せないので、調理中の写真を撮ることは不可能であった。
かわりに、人生で一番頼りなかった最寄りのコンビニの写真を添付しておく。
二日目
前回の反省を踏まえて強火でやったところ、かなりいい感じにオムレツ部分が仕上がった!あとは真ん中にそっと切れ込みを入れるだけ!
コロンッ
三日目
「たまご 固まる 理由を知った フライパン 火から 離せ」
LISA『炎~おむら~』
このころには、何をするにも「オムライスを上手く作るにはどうしたらいいか?」という思いが離れず日常生活に支障が出るほどだった。
そんなとき耳にしたのが「火を調節するのではなく、フライパンを火から離す」という手法であった。
衝撃だった。オムライスなだけにコロンブスの卵だなとも思った。調理中は極度の緊張で手汗が凄まじいことに加え、コンロのつまみが油汚れでギトギトなのも相まって調理中の火力調整は不可能と断じた矢先、かすかだが確かにそこにある、希望の光を感じた。
これで決着だ。
四日目
オムレツのふっくら感が違う。
高い温度で一気に仕上げることで卵から水分が飛ばずに済んだのだ。オムライスが上手く作れないのをニトリで買った900円のテフロンフライパンのせいにして、6000円という筆者の日給に相当する額をつぎ込んでよかった!
早速入刀だ!
昔のキムタク・・・?
五日目
必要な知識も蓄積してきたし、高価な道具も買った今、前回の失敗の原因に心当たりがあるとすれば、「若干卵がフライパンにくっついてもたついた」ことくらいだ。
せっかちな筆者は、ひとつ見て見ぬふりをしていた事実があった。
鉄のフライパンは、育てなければならない。
フライパンに油をなじませ、高温で熱するというのを繰り返し、フライパンの表面に酸化被膜と呼ばれる黒錆をまとわせることによって、鉄のフライパンは初めてその真価を発揮するのだという。
急がば回れとは先人もよく言ったものだ。結果を急ぐあまり開封した直後の鉄フライパンでオムライスづくりに挑んでしまった。
過去にジーパンの育成に失敗し、どうせなら半ズボンにしてやろうと気に入らない箇所を切除していった結果トゥームレイダーみたいになってしまった過去から、物を育てることを避けていた筆者。
同じ過ちは繰り返さない。焦らず一緒に成長していこう。
来る日も来る日も豚肉を炒めて…
食材が応用できるナポリタン作ってみたりしてるうちに…
仕上がった。
購入当初の艶は完全になりを潜め、全体を覆うプロの道具感。
フライパンの意志が取っ手を通して伝わってくる。
「時がきたぞ」と…
六日目
切れ込みを入れたところ若干自重で開くという、今まで一度もなかった激熱演出が!
完成!
端っこの部分に火が通りすぎているものの、これまでの物と比べるとだいぶ様になった。
今回のような人並外れた成功に浮かれず、どうか初心を忘れずにというオムライス側からのメッセージだろうか、若葉マークのような形を成したオムライス。
心は感謝で満たされ、胃はバターをケチった結果極めて淡白な味のオムライスに満たされた。
その後
関東あたりに住んでいる者の耳にはすでに噂が届き始めているかもしれないが、筆者の腕は着実に上達してきている。
当初掲げた「高み」にたどり着いたことで気が付いたことがある。
趣味がどうとかそういうのはとるに足らない事であった。
オムライスに限らず、日々の研鑽を通じてできないことができるようになっていくのは精神衛生上とてもいい。数日で達成可能であろうライトな目標を見つけては掲げ、達成するを繰り返していくことで、なんとなく人生がいい方向に転がっているんじゃないかという安心感に包まれて人生を過ごすことができる。
筆者が卵で包んでいたのはチキンライスではなく、リボ払いの返済に追われ疲弊しきった自分自身の「心」だったのだ…
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